みなさんの声 カイロプラクティック科-9

心筋梗塞と東京マラソン大会(男性、60代、会社員)

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治療内容:カイロプラクティック

初回来院: 2006年7月(男性、60代、会社員)

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コーチをしているメンバー、初代若の花親方と。
左端が筆者のIさん

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還暦を目前にして、記念にと、2005年8月20日、四度目の富士登山にチャレンジしました。五合目は曇りだった夕方の天気が、頂上に近づく夜中は、台風が来たような雨。風が強く、行くも退くも出来ず仕方なく頂上まで全力で登りました。が、山小屋は閉まっていた為、風雨の中、明るくなるまで3時間以上待ちましたが、寒くて寒くて・・・やっとの思いで下山しました。

走ることが好きで、最近の20年間も毎朝走ることが日課になっていましたが、登山以来どうも調子が悪く、ついに一ヵ月後に三井記念病院に行きました。診断の結果は、「心筋梗塞」と言われました。すぐ検査入院となり、10月30日に手術(カテーテルによるバルーン療法)となりました。

退院後、又走り出しましたが、100mも走れず、歩きを中心に時々走りを入れて、60分がやっとの毎日でした。その後、今度は原因不明の脚の痛みが出て、歩けなくなりました。足首と膝が中心です。会社や病院へはすべてタクシーを使用する以外に方法はなく、病欠の毎日でした。

その時、知人から〔ストウヒーリングセンター〕を紹介され、2006年7月に初診、その後続けて治療に通いました。

 

60年間、自分の身体には自信を持って生きてきましたが、今回の身体の変調には、まったく理解できない状態でした。少しずつ歩け、走れるようになった9月から、新たに生まれた”走るレディース会”のコーチになり、走り出しました。少しずつ、元の身体に戻っていくのが解かりました。

2007年2月18日、”東京マラソン大会”の日が来ました。練習量は戻っていましたが、42.195kmを走りきれるか、不安でした。直前の診断のときに須藤 一彦先生から「大丈夫です」と言っていただいた一言を信じて、あの雨と寒さの中、ピストルの音で25、000人と一緒に走り出しました。

結果は、4時間15分22秒でゴールすることが出来ました。復活のゴール、いやスタートとなりました。

 

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