みなさんの声 エネルギーワーク科-5

家族関係の悩み、男性、40代(初回来院時)、歯科医

治療内容: エネルギーワーク

初回来院: 2002年11月(男性、40代、歯科医)

受信: 2006年3月

3年前の私は、外界や他人への怒り、否定的感情が心に満ちていて、とても苦しんでいました。最初のセッションでは、「あなたの体から“寂しい、寂しい”という声が聞こえてきます」、「あなたのオーラの中に妹さんの姿が見えます」という全く意外なことを久枝先生から告げられましたが、セッションを重ねるにつれ、6歳で死んだ妹や“寂しさ”と今の自分の問題との関係を理解していくようになりました。

親の視線や配慮が自分よりも生まれつき心臓の病を持った虚弱な妹に向かうことで、幼少時の私の中では「見捨てられ意識」と、そのことへの恐れが徐々に膨らんでいったようです。親への強い愛情欲求と、それが満たされない怒りとを押さえ込み、何とか親から見捨てられないように「良いお兄ちゃん」であろうとしても、なかなか期待に応えられない(だから自分自身にも怒りを感じる)、それが幼少時の私でした。

セッションを重ねるうちに、その抑圧してきた怒りに気づくようになり、怒りが、外界や他人に投影される事が少なくなって来るにつれ、徐々に心は落ち着いてきました。それでも「怒りの下には“寂しさ”(孤独感)があります。」という久枝先生のお言葉を実感できるようになったのは、3年たったつい最近の事なのです。そして私の孤独は成熟した人間(魂)のそれではなく、何者ともつながりを持たずに暗黒の空間に浮遊しているという、自殺した魂が味わうような孤独である事に気づきました。

 

「自分は見捨てられた」が、あなたの間違った信念体系であると先生に教えていただきましたが、「見捨てられる」ことへの恐れは様々な場で顔を出すようです。私は自分を患者さんにとても気を使うホスピタリティ豊かな歯科医であると思い込んでいましたが、実はただ、患者さんを失う(見捨てられる)事を恐れていただけで、ホスピタリティなど無かったのだ、と気づいたときは愕然としました。ただ、この気づきの後、自分のエネルギーが吸い取られていると感じるまで過剰に気を使い、ストレスがたまる、という事は少なくなり、逆に患者さんからエネルギーをいただいていると感じることもできるようになりました。

久枝先生には「怒りのエネルギーは生きるエネルギーに変換できる」と、後で教えていただきましたが、最初にセッションを受け始めた頃の自分は、「あなたの魂はあちらの世界へ早く帰りたがっています。」と指摘されたほど、この世での自信を喪失中(怒りが強いにもかかわらず)で、肉体を離れる気はあっても生きるエネルギーなど殆どありませんでした。このような状態で受けたカイロプラクティック治療において、足の筋肉に対する一彦先生の何気ない褒め言葉が私の救いとなり、自信の核となったのです。 この時からようやく自分の肉体に意識を向けるようになり、今では「体だけはとても優秀だ」と感じるまでになりました。

セッションを続ける事によって、父との関係にも変化が現れました。 最初の頃は、父に対する怒りは非常に強く、最悪の関係でしたが、その後久枝先生が私と父との間の不健康な親子関係のエネルギーコードをつなぎ直してくださったところ、その夜、父に思い切り抱きついて大泣きする夢をみました。 (目を覚ますと、実際にかなり泣いていました。) 丁度その頃、母の首の病気のことで久々に父に恐る恐る連絡を取ってみると、今までのわだかまりが氷解したかのように様々な事を話し合うようになり、私と父の不仲をずっと心配していた母は大変喜び、とても安心したようでした。 父への怒りが減少してくるにつれて分かってきたのは、親といえども自分と同じ発展途上の人間(魂)に過ぎないのだ、ただ人生の道を少し先に歩んでいるだけなのだ、という当たり前の事でした。 このことに気づいてから私の中では親への感謝の念がようやく芽を出しました。

最後に、母に対して行った唯一の親孝行(と自分は思っている)のことをお話します。 当時6歳の娘(私の妹)心臓手術の直前、死の恐怖を訴えた娘を安心させるために母は、「大丈夫、万が一のときは私も一緒に死ぬから」と約束しましたが、結局、妹は手術後死亡し自分だけが生き残ってしまい、深い罪悪感を今日に至るまでもち続けました。 80歳を過ぎて受けた首の手術の後遺症で四肢に麻痺が残って、彼女自身が人生を放棄する傾向に拍車がかかり、自殺まで考えていたようです。 この頃、久枝先生から「妹さんはとても強い魂で、つねに家族の皆さんとともにいると言っていますよ。」というメッセージをいただき、早速母に伝えたところ、長年背負ってきた重荷をようやく降ろし、心が解放されたようでした。 以前は父と口喧嘩をすると一週間もお互いに口を利かないことが時々あったようですが、手術後は父の献身的な介護と久枝先生のメッセージのおかげで、ようやく前向きな気持ちがでてきて父も非常に喜んでおりました。

現在の私は、「心を開いて人とつながる。」、「信頼」という課題の前で足踏みをして、のらりくらりと日々を過ごしています。

 

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